The oice of mission

「旧東ヨーロッパの教会と信者は今」(112)
  ーカルパチア地方ー

(2018年9月2日更新)

東ヨーロッパのカルパチアは、ウクライナ、ルーマニア、ロシアなどに伸びる長い山脈です。その大自然は実に見事で、自然の保養地がある美しい地方です。今月の宣教レポートは、カルパチア地方でもウクライナ西部での宣教です。ペーター・ナスタシチュク伝道師は、ウクライナ西部のカルパチア地方で20年以上、キリストの福音を語り伝えきました。次はそのレポートです。

路上デスク

ウクライナにおいて、キリストの福音宣教が公けにできるようになったのは1990年以降です。それ以前は社会主義国家であり、無神論主義が国を支配していました。路上で聖書やトラクトを配布することは、いっさい禁止されていました。ですから伝道会を開くこは不可能な時代でした。しかし革命後は、キリストの宣教活動が解禁されました。そこでまず私(ペーター)が行ったことは、路上に小さな台を置き、そこにトラクトや伝道に関する本を置いたことでした。当時、道行く多数の人々は関心を示し立ち止まり、それらを手にして質問してくれました。革命直後のウクライナでは、人々の魂は渇き切っており、真の平安を求めていました。路上デスクでは、私たちは本の貸し出しも行っていました。その頃、何万枚ものトラクトや小型新約聖書も配布することができました。

マリカさん

1997年ごろ、カルパチア地方に住むというマリカさんが、私たちの路上デスクに立ち止まりました。彼女は展示物に大きな関心を示し、1冊の本を借りて行きました。それが彼女を通してのカルパチ地方での宣教の始まりとなりました。彼女が家に帰ると、お母さんがその本に関心を示しました。数週間後、その本を読んだマリカさんとお母さんが、私たちの路上デスクにやって来ました。彼らは読後感想から始まり、いろいろな質問をしてきました。私たちは時間が経過するのも忘れ、キリストの愛を語り伝えました。

それから、私たちはスーツケース一杯のキリスト教書籍を車に入れて、マリカさんの住むカルパチア地方へ行きました。そこは私たちのチェルノヴィツキーから、約140キロメートル離れた所でした。しかし、だれ一人神の言葉である聖書を知りませんでした。そこにはルーマニア正教会は存在し、司教もいました。しかし住民は聖書の言葉を知りませんでした。これが長い歴史を持つカルパチア地方の現状です。

そこで、私たちはルーマニア正教会の近くに、路上デスク置きました。そこにトラクトやキリスト教書籍を並べた所、礼拝を終えた人たちが集まって来ました。少なくても15人は立ち寄り、私たちがどこから来たのか、誰なのかと質問して来ました。私たちの町チェルノヴィツキーでは、サッカー場を借りて大伝道会を開き、何万人もの人々がキリストの福音を聞きました。驚いたことに、わずか140キロメートルしか離れていないカルパチア地方では、キリストの福音を一度も耳にしたことがない人々が多数いたことでした。

しかしながら私たちは、福音未伝地方にキリストの愛を伝えることは、伝道の好機し捉えました。私たちはギターを弾き、賛美歌を賛美し、路上で伝道集会を持ちました。私たちの路上デスクに立ち寄ってくれた人々は、「来週日曜日も、また来てくれますか」、と言って別れました。

聖書研究会から教会が誕生

このようにして地域の人たちと接点を持った私たちは、人々の霊の渇きが大きいのを知り、小さな聖書研究会をスタートしました。1年後には、聖書研究会が5箇所で開かれるようになりました。そして秋には収穫感謝祭を祝い、冬にはクリスマス会も開きました。そして神のみ言葉を語り続けました。もちろんルーマニア正教会側からは異端視され、圧力が加わって来ました。このようにして、クリボピリャ村に初のキリスト教会が誕生しました。そして近隣の村々にも、キリストの教会が誕生して行きました。

私たちはこの20年間で定期的に伝道会を開き、少なくても50万人以上の人々にキリストの福音を語り伝えてきました。そして無数のトラクトを配布し、2万冊のウクライナ語の新約聖書をカルパチへ運び、その内約1万5千札を配布しました。またこの20年間に、60の「子どもバイブル・キャンプ」も開催してきました。現在、半径50キロメートルにある約70の村々に、伝道の拠点が置かれるようになりました。

神は路上デスクから始まった文書伝道から、このようなわざを行われ栄光をお取りくださっています。私たちはまだ一度もキリストの福音を聞いたことのない人々へ、これからも神の愛を宣べ伝えて行きたく祈っています。どうぞ、覚えてください。
(つづく)

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