The oice of mission

海外邦人宣教レポート

(2017年9月2日更新)

工藤篤子ワーシップ・ミ二ストリーズ代表
工藤 篤子

●ドイツ人の町(ポルト・アレグレ)

 9月20日、ブラジルの南端、南リオ・グランジの州都、ポルト・アレグレのルーテル教会にてコンサートをさせていただきました。南リオ・グランジ州は、200年前、ドイツ人が入植した地です。その中に多くのクリスチャンがおり、ここにルーテル教会を建てました。
ポルト・アレグレ在住の日系人はわずかですが、コンサートには、日本領事を始め、多くの市在住の日系人、また教会関係のドイツ人も数多く来てくださいました。ちなみに、前号で報告させていただいたタンガラは、ポルト・アレグレに入植したドイツ人の一部が後に移り住んだ町です。ドイツ人移民の子孫は、今に至るまで、ドイツ人としてのアイデンティティーを誇りとし、ドイツ語とドイツ文化を守っています。ここのドイツ人たちも、ドイツ語の賛美を聞いて涙を流しておられました。
 このコンサートを企画してくださったのは、ポルト・アレグレ日系キリスト教連盟の小さな集会です。約10名の皆さんが一致団結して伝道コンサートのために尽力してくださいました。主が、ポルト・アレグレの集会を豊かに祝してくださいますように!

●一世の救い(サンジョゼ)

9年前にもサンジョゼ(サン・ジョゼ・ドス・カンポス)の劇場でコンサートをさせていただきましたが、今回は、ホーリネス教会と自由メソジスト教会の共同主催により、ホーリネス教会の大きな会堂で開催されました。9年前にはまだ日本語を話せる方が多くいらっしゃいましたが、現在は一世はとても少なくなり、あまり日本語が話せない二世、三世の時代になりました。

 しかし、サンジョゼでは、今、残り少なくなった一世がどんどん救われています。この町のホーリネス教会と自由メソジスト教会は、長年、互いに協力し合って伝道に励んで来ましたが、その働きが実を結び始め、今、死を間近に不安を覚える高齢の一世の方々が福音に心を開き、信仰に導かれているのです。主がこの二つの教会の力を合わせた働きを大いに祝福してくださって、地上の生涯が終わる前にひとりでも多くの日系人が救われ、天の御国に迎え入れられることが出来ますように!

●ブラジル日系人教会

 ブラジルに、日本からの第一回目の移民781名がサントス港に到着したのは1908年のことです。その十年後、レジストロ(サンパウロ州)で始まった日曜学校を皮切りに、日系プロテスタント諸派の伝道が始まりました。その中でも特筆すべきは、4月号で紹介させていただいた、ホーリネス教団の物部赳夫師でしょう。日系人伝道に身を捧げた師は、5年の伝道活動中12か所に伝道活動拠点を作り、37歳という若さで天に凱旋されました。

 1955年には、ブラジル邦人キリスト教連盟(後に邦人は日系に改称)が設立されました。ホーリネス教団、自由メソジスト教団、アライアンス・キリスト宣教教団、ホサナ福音教団、その他これらの教団に属さない教会を合わせて、100以上の日系人教会が連盟に加わっています。これらの教団、教会は、これまで日本、中国、インド、中南米諸国に宣教師を派遣し、国外宣教にも力を注いでいます。また、教会の代表者たちは、今も定期的に集まって祈り会を持ち、伝道大会や伝道イベントなどを企画してきました。2007-08に行われた移民百周年記念では、私もブラジルの7か所でコンサート奉仕をさせていただきました。その時に発行された「ブラジル日系キリスト教会紹介誌」の巻頭言には、以下のみことばが刻まれています。

「あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。」(ヨハネ17章22節) 

辛苦をなめたブラジルの日系人移民は、互いに助け合いながらがんばりました。日系人教会も互いの結束が強く、教派を超えて協力し合い、福音宣教に力を注いでいるのは素晴らしいことだと思います。日系人教会のほとんどはバイリンガル礼拝を行っていますが、現在は日本語を話す方の数は少なくなりました。しかし日系人である限り、そのアイデンティティーは失われることはありません。ブラジル日系人教会が、これからも忠実にイエスに従い、一つとされて、キリストの栄光をあらわしながら主のわざに励んで行かれますように!

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